日鉄鉱業株式会社

日鉄鉱業のあゆみ

創業と設立

二瀬鉱業所 本部事務所正門

日鉄鉱業の歴史には、創業と設立の2つがあります。
創業は明治32年12月9日。官営八幡製鉄所の原料部門として、コークス原料及び一般燃料を調達するため、福岡県嘉穂郡二瀬村(現在の福岡県飯塚市)に製鉄所二瀬出張所が開設されたことに始まります。昭和9年には、官営八幡製鉄所を中心に民間製鉄5社の現物出資により日本製鐵株式會社(現在の日本製鉄(株))が設立され、同社二瀬鉱業所(製鉄所二瀬出張所から改称)へと引き継がれます。

設立は創業から40年を経た昭和14年5月20日。石炭、鉄鉱石、石灰石等の製鉄原料の総合開発と確保を目的として、日本製鐵株式會社の鉱山部門が独立する形で当社が設立されました。設立時は、二瀬鉱業所(福岡県)、釜石鉱業所(岩手県)、倶知安鉱業所(北海道)、赤谷鉱業所(新潟県)などの国内外鉱山を承継し、事業を拡大していきました。

高度経済成長期と石炭産業の盛衰

二瀬鉱業所

戦後の混乱期においては、在外資産の喪失、制限会社令や過度経済力集中排除法の指定などを受けたことから、深刻な経営危機に直面したものの、多角的鉱業経営を基盤とする経営再建を訴え続け、会社分割を免れました。

戦後の混乱期を経て訪れた高度経済成長期は、石炭産業の盛衰を表す時代となりました。当時は石炭が主要なエネルギー資源であったことから、当社の石炭生産量は昭和32年にピークを迎えます。しかし、昭和35年以降、エネルギー資源の主役は石炭よりも割安な石油に代わったことで当社石炭部門の業績は低迷していき、石炭生産量も炭鉱の相次ぐ閉山に伴い減少、そして昭和47年の伊王島鉱業所の閉山をもって石炭部門から撤退となりました。

設立以来の石炭部門の歴史は、戦後の混乱期における当社経営の再建を支え、また高度経済成長を地下資源で支えた歴史でもありました。

国内金属・非鉄金属鉱山の開発、拡大

釜石鉱業所

石炭部門の始まりを二瀬鉱業所とすると、金属部門の始まりは釜石鉱業所といえます。

釜石鉱山の歴史は、江戸中期まで遡りますが、釜石を近代製鉄業発祥の地とするのは安政4年12月1日、南部藩の大島高任が、日本初の洋式高炉による鉄鉱石の製錬出銑に成功したことに始まります。明治期の官営製鉄所や民間による設立であった釜石鉱山田中製鉄所、
大正期の三井鉱山(株)(現在の日本コークス工業(株))資本下の釜石鉱山(株)といった歴史を経て、当社へ引き継がれます。

金属部門は、当社設立以来の釜石鉱業所、赤谷鉱業所、北海道鉱業所の各鉱山において鉄鉱石を採掘してきました。戦後には釜石で次々と銅鉱床が発見され、釜石・赤谷では鉄鉱石とともに本格的に銅鉱石の採掘が始まり、昭和32年には八茎鉱業所(福島県)を開設するに至りました。

高度経済成長期の後半に陰りが見えはじめた石炭部門からバトンを受け継ぐように、金属・非鉄金属鉱山から生産される鉄鉱石と銅鉱石を担う金属部門が当社の経営を支えてきました。

しかし、資源は有限であり「掘ればなくなる」のが鉱山の宿命です。国内の金属鉱山における鉱量の枯渇、また1970年代以降の円高不況の煽りを受けて金属部門は縮小、分離せざるを得ない状況となり、経営の主柱は石灰石などの非金属部門へと移っていきます。

製錬事業への資本参加と海外銅鉱山の開発

日比共同製錬(株)玉野製錬所
アタカマ銅鉱山

昭和43年には日比共同製錬(株)に資本参加し、銅の製錬事業に進出しました。ここにおいて、当社の金属部門は、銅精鉱を海外鉱山から輸入し、銅地金に製錬して販売するカスタム・スメルター(買鉱製錬所)としての歴史が始まります。
一方で、国内金属・非鉄金属鉱山の鉱量枯渇や閉山、そして日比共同製錬社への銅精鉱の供給責任を果たすため、鉱山開発の舞台は海外へと移っていきます。

昭和50年に操業を開始したイラン・イスラム共和国カレザリ銅鉱山(平成3年にイラン銅工業公社に売却)、平成3年に操業を開始したコロンビア共和国エル・ロブレ銅鉱山(平成10年にコロンビア法人に売却)などの海外鉱山を開発し、自山鉱を確保してきました。そして、平成2年)に探鉱を開始し、平成15年から現在まで操業しているのが、チリ共和国アタカマ銅鉱山です。
当社の金属・非鉄金属鉱山の歴史は、釜石鉱業所をはじめとする国内金属・非鉄金属鉱山、そしてカレザリ銅鉱山やエル・ロブレ銅鉱山から得た知見をもとに、アタカマ銅鉱山へと繋がります。

黒いダイヤから白いダイヤへ

当社石灰石鉱山の開発、操業の歴史は設立まで遡ります。当時は石炭や鉄鉱石、銅鉱石と比べると小規模ではあったものの、釜石鉱業所の支山で生産を行っていました。

戦後の復興期では鉄鋼需要の増加に伴い鉄鋼の副原料である石灰石の需要も増加し、井倉鉱業所(岡山県)、東鹿越鉱業所(北海道)の既存鉱山に加え、津久見鉱業所(大分県、現在の大分事業所)、船尾鉱業所(福岡県、現在の船尾鉱山(株))、葛生鉱業所(栃木県、現在の栃木事業所)を開設します。続く高度経済成長期における鉄鋼・セメント需要に応えるべく尻屋鉱業所(青森県)、鳥形山鉱業所(高知県)の開設に至り、東西における供給体制が確立されました。昭和46年に開山した鳥形山鉱山は、年産1,400万トンと国内トップレベルの石灰石生産量を誇り、その埋蔵量は約10億トン超と見込まれています。

平成25年に当社グループ会社となった八戸鉱山(株)を加え、国内石灰石鉱山は直轄5鉱山、グループ会社2鉱山の合計7鉱山を操業しています。

鳥形山鉱山
尻屋鉱山
井倉鉱山
東鹿越鉱山
新津久見鉱山
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