PROJECT
STORY

ポリテツプロジェクト

日鉄鉱業の機械・環境事業の主力商品の一つである「ポリテツ®」は、下水処理場や(各種製造)工場で使用される化学薬品である。鉱山業および資源事業を営む日鉄鉱業が、なぜ化学薬品を取り扱っているのか。そもそもなぜ開発するに至ったのか、そしてなぜ現在も研究開発を進めているのか。鉱山の廃水処理技術の研究から「偶然」発明された「ポリテツ®」は、今や水処理業界には欠かせない商品に成長している。そんな「ポリテツ®」のさらなる改善および新規原料からの開発に取り組む日鉄鉱業の2人の社員がいる。「開発」と「営業」。「ポリテツ®」の研究開発を通して、「人との繋がり」の重要性を紐解いていく。

S.K
本社機械・環境営業部
環境営業課
入社8年目
M.K
本社研究開発部
機械・環境開発課
入社5年目
EPISODE
01

偶然を越えるために

日鉄鉱業が製造・販売している水処理剤「ポリテツ®」は、鉄系の無機凝集剤に分類される。「ポリテツ®」は、下水などの排水に含まれる懸濁物質を凝集・沈殿させることに加え、脱臭・脱水効果も高く、あらゆる分野の水処理に使用されている。「ポリテツ®」が開発されたのは昭和40年代。当時は、産業廃棄物である廃硫酸から硫酸を回収した際に副次的に生成される硫酸第一鉄という物質が海に大量に投棄されており、海洋汚染が社会問題となっていた。当社では、この硫酸第一鉄を「ポリテツ®」の原料に用いることにより、環境負荷を大幅に低減することに貢献した。「ポリテツ®」の開発者はその功績を称えられ、紫綬褒章を受章するに至った。

現在、「ポリテツ®」は主に下水処理場や(各種製造)工場などの水処理施設で使用されており、国内の産業廃棄物の約20%を占める下水汚泥にかかる処理コストの大幅な削減、環境負荷の低減、処理水の水質向上に大きく貢献している。このように、機械・環境事業の主力商品のひとつとして製造・販売が続けられてきた「ポリテツ®」分野では、既存の商品を改善することに加え、「新しい「ポリテツ®」開発プロジェクト」が始まりつつあった。ここに、より高性能な「ポリテツ®」を開発しようと実験に励む一人の若い研究者がいる。「スケールの大きな仕事がしたい」と思い、日鉄鉱業に入社してきたM.Kだ。彼女はこれまで確立されてきた「ポリテツ®」をさらに良い商品にする開発プロジェクトを任され、完成に向けて実験を続けていた。

そして、新製品の開発は彼女だけで進められたのではなく、もう一人のキーマンがいた。それが、M.Kより3年ほど早く入社したS.Kだ。彼は入社後に研究所での半年間にわたる勤務を終え、技術営業職として勤務していた。「「ポリテツ®」は、水処理業界では認知度が高く、日鉄鉱業を支える製品になっているのは事実です。そういう状況ではありながらも、競合他社が複数いる状況で成果をもたらすには、日鉄鉱業のスタイルを貫かなければなりません。取引先の現場に頻繁に足を運び、取引先の困りごとを把握して、提案するという強みを活かしたかったんです」そう語るS.Kの顔つきは頼もしい。新製品の開発を任された若い研究者と、学生時代から環境資源の知識を身につけていた技術営業職社員が出会い、新しい「ポリテツ®」の開発が始まった。

今回のプロジェクトで二人に与えられた使命は、「一般的な薬品使用量の半分で同等の効果が期待できる「ポリテツ®」」を開発することにあった。そもそも、かつて発明された「ポリテツ®」は「偶然の産物」だったことを書いておかなければならないだろう。鉄イオンを触媒として、鉱山で採掘された銅鉱石からビスマスという元素を回収するプロセスを研究していた。その過程で、還元された鉄イオンを酸化して再利用する技術を検討している際に、「ポリテツ®」は「偶然」発明されたのだ。二人が試みたのは、そのようにして「偶然」発明された現在の「ポリテツ®」の性能を上回るものを、偶然ではなく人の手でつくり出すこと。もちろん、新しい製品やサービスを生み出す際には、どの業界や業種であっても困難を伴うものだ。このプロジェクトは前例のない挑戦となった。一般的な薬品使用量の半分で同等の効果が期待できる「ポリテツ®」の開発においては、「化学的な製造条件が厳しくなり、機器の選定や製造プロセス・手順の検討にも試行錯誤が必要でした」とM.Kは語る。

さらに、「これまでの商品との差別化を図るためには、かなり攻めの姿勢が必要でしたね」とS.Kが語るように、商品スペックをどこまで高性能にするのか、その目標の高さが開発の難しさと直結していた。「開発の先にある目標としていたのは、薬品を通常の半分の使用量にすることにより、「ポリテツ®」運搬時に発生するCO₂を抑制することや搬入頻度を半分に減らし現場作業の負担を軽減することでした。」と彼は語る。これまでの「ポリテツ®」とは違う、日鉄鉱業を代表するような新しい「ポリテツ®」。それを生み出すためには、部署を跨いで限界に挑戦する必要があったのだ。

EPISODE
02

研究所と取引先を繋げる橋

薬品の使用量を半分にすることで、「ポリテツ®」の性能が落ち、取引先に迷惑をかけないか。難しい問題が数多く立ちはだかった。研究所と取引先の現場の環境の違いもプロジェクトの難しさに拍車をかけた。研究所の実験室レベルの試験ならば、基本的には1+1=2の世界が通用する。薬品の配合さえ間違わなければ、求めている結果が返ってくる。ただし取引先の現場ではそうもいかない。現場ごとに多くの条件が複雑に絡み合い、それらが上手く噛み合ったうえで処理が行われているからだ。「機械が動いている/機械が動いていない」「一部の機械が動いている/一部の機械が動いていない」「気温が高い/気温が低い」単純な条件だけでも、これだけの変数が複合的に絡まり合っている。そのほかにも、研究所と現場で使用している機材の相違も事態を複雑にしていた。たとえば、液体から混合物を分離する「ろ過」を行う際、研究所では紙製の「ろ紙」を使うが、現場では布製の「ろ布」を用いる。このように、様々な条件が考えられるなかで、どうすれば上手くいくのかを探る日々が続いた。

停滞していた状況を変えたのは、S.Kのある行動だった。「私たち技術営業職には製品についての知識があります。ですが、研究開発職の人の方がもっと詳しいのは事実です。ですから、私が仲介し、研究所と取引先の現場で直接ディスカッションしてもらう方が、成果が大きいだろうと思ったんです。私はそういった話し合いの場を設けて、研究所と取引先の現場を繋ぐようにしました」と彼は語る。確かに、技術営業職は製品についての知識を多く持っている。そして、現場の実情に関しては研究開発職よりも詳細な情報を知っている。しかし、いくら自分が知っていても、製品が開発される研究所に現場の情報が届かなければ、研究所と現場の認識にずれが生じてしまう。技術営業職としてできることは、豊富な知識を使った営業だけではない。研究所と取引先の現場を繋げる架け橋となることも、彼の仕事だったのだ。

入社してしばらく経った頃、S.Kは上司からこんな言葉を教えられた。「すぐやる」。とても単純な言葉ではあるが、彼は仕事に取り組む姿勢の基礎にしているという。「技術営業職と研究開発職など、部署や職種の垣根を越えてプロジェクトに取り組むときは、「すぐにやる」ことが特に重要になってくると思います。現場の情報を私たち技術営業職が把握し、それを研究開発職にフィードバックして新商品開発の方策を検討し、試験を実施するというPDCAサイクルを円滑に回すためには、研究所と取引先を繋ぐ私たちが「すぐやる」姿勢を持つことが重要なんです。この言葉を意識したおかげで、研究所との連携が滞りなく進み、新しい「ポリテツ®」の開発が実現できたのだと思います」。そうして研究所と取引先のやりとりがスムーズになるにつれて、難航していた開発が少しずつ前進し始めた。

そのように、S.Kによって研究所と取引先の現場の間に架けられた橋は、M.Kにある影響をもたらした。取引先へ何度も通い、繰り返し実験やディスカッションを重ねていくうちに、彼女を取り囲んでいた環境がスケールアップされ、本当の課題が見え始めたのである。「一緒に取引先に行ってみて、実際に何が起きているのかを見ていると、何が駄目なのか、ということがよく分かりました。何にでも言えることかもしれませんが、過程を見ることの大切さに改めて気がつきましたね。研究所や取引先の枠を超えて、立ち合いをすることがすごく大事だな」とM.Kは話す。研究所の実験室規模で止まっていた世界が、より大きな規模へとスケールアップすることで、新しい見え方が生まれてくる。そして、本当に解決するべき課題が、おのずとそこから分かってきたのだという。橋の先にはヒントが待っていたのだ。

EPISODE
03

高い目線を持って

「目の前の試験の今後じゃなくて、事業としての今後について、どう考えてる?」S.Kと同様にM.Kもまた、上司からもらったそんな言葉を思い返していた。開発の仕事は目の前の課題解決に終始してしまう傾向がある。しかし、開発した製品がどのように展開していくのかを考慮しておかなければ、研究の目的を見失ってしまい、技術は独りよがりになってしまう。彼女は、上司の言葉を今回のプロジェクトと重ね合わせていた。研究所での実験が上手くいくかどうかではなく、それが誰と関わっていて、何を解決するのか。研究所の実験だけに捉われず、より高い目線を持つことの大切さを、彼女は改めて実感していた。

このことは技術営業職であるS.Kにとっても同じだった。商品や化学的な知識を持つ技術営業職は、現場の状況を分析し、ビーカーを使った化学実験も行うことができる。しかし、新規性のある実験や大きな装置が必要な実験は、彼らだけでは行うことができない。初めての実験、そしてデータの収集と解析には研究所の力が必要なのだ。技術営業職には現場のノウハウがあり、研究開発職には研究所のノウハウがある。お互いが独りよがりになってしまうと、それぞれのノウハウは枠を越えることができない。「研究所の協力なくして達成できなかったと思います。お互いに補い合えたんです」とS.Kは語る。

こうして、研究所と取引先が繫がり、開発課題が明確になったことで新しいポリテツが遂に完成した。M.Kはこのプロジェクトを通して、人と関わって仕事をすることの重要性を改めて実感できたと語る。「取引先の現場が操業していて、そこで「ポリテツ®」がどのように使用されているのかということは、研究者としては理解しています。とはいえ、月にどのくらいという数量的な話、現場の負担や今後の運営方針などの情報は持っていません。そういったことは、普段から足を運んでいる技術営業職の方がはるかによく知っています。技術を開発して提供するということは、必ず誰かのためであるはずです。技術のための技術ではありません。ですから、協力して仕事を進めていかなければならないと、このプロジェクトで改めて学びましたね」と笑顔を見せた。

EPISODE
04

人と関わるということ

S.Kは彼なりの価値をプロジェクトから感じていた。元々彼には、自分の中で完璧だと思えてからでないと、次の行動に移れない傾向があったという。「まずは、自分の中で100点のものをつくってから提出したい、という考えが私にはあったんです。しかし、研究所と連携してプロジェクトを進めていくなかで、少し考え方が変わったように思います。70点でも80点でも、まず提案し、意見をもらおうとすること。そうすれば、欠けているところや足りない部分があっても、周りの方が補ってくれる。巧遅は拙速に如かず、ということわざもありますからね。もちろん、全部任せてしまうということではありません。ですが、周りの方に頼ってもいいんだなという気づきは、私にとって大きかったですね」と自信を持った表情でうなずいた。

一方、M.Kは「大学では、専門性の高い環境で研究していたのに対し、企業では専門分野や職種を超えて多様な人と関わることになりましたね」と大学時代を思い返しながら、仕事と大学での研究の違いについて話してくれた。「実は私は大学時代に「ポリテツ®」のような水処理剤の研究をしていたわけではなく、「地学」の研究をしていました。大学では主に同じ専門分野の方々とともに研究していましたが、現在の「ポリテツ®」開発チームには化学系や地学系など多様なバックグラウンドを持つ社員がいます。仕事での研究は分野を超えて多様な知識を持つ社員同士が協力し、さらに営業や取引先との関わりもある、大学での研究よりも人との関係がより開かれているものなんです。大学時代は毎日のように試験結果に向き合っていましたが、仕事として研究をするのであれば、データと向き合っているだけではわからないこともたくさんありますし、成果が現場のニーズとズレてしまっては研究の意味がなくなってしまいます。だからこそ、多様なバックグラウンドを持つ社員同士で協力しながら、現場に出向き人と会って、本当に何が必要なのかについて話をして、自分が今やっていることが合っているのかを理解したうえで、実験と向き合わなければならないと思います。もちろん大学での研究が基礎として身についているからこそ、今さらに視野を広げることができているのだと思います。」とM.Kは真面目な口調で締めくくった。

人と関わること。そこから得られる価値は人によって違うかもしれない。新しい「ポリテツ®」を開発するという使命のなかで、S.Kは周りに頼ってもいいという安心を、M.Kは広い視野を手に入れた。二人とも「新しい発見」ができたのは同じだ。人は誰かと関わることで、スケールアップした世界を見ることができるようになる。そして、同じ目標に向かう二人が出会ったとき、一人では達成できない大きな壁を越えていける。人と関わることの大切さを知った二人が、60年前の偶然を越えていったように。